大判例

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東京高等裁判所 昭和53年(う)1931号 判決

被告人 東外喜夫

〔抄 録〕

所論は量刑不当の主張であるが、所論に対する判断に先だち職権をもって被告人の責任能力について検討するに、被告人が本件公訴事実に添う犯行をしたことは、原判決挙示の関係証拠によってこれを認めることができるけれども、鑑定人柴田洋子は当審公判廷に提出した同人作成の鑑定書において、「被告人は、昭和四九年一一月ごろ以降職場配転を主因として抑うつ型の心因反応に陥り、翌五〇年五月ごろには精神病院への入院にまつわるトラブルによる情緒混乱の時期を経て、退職という心痛事に出会い、混乱した情緒は復職の希望が拒否されたことにより怨念の方向へと統一されていったが、その後次第に抑うつ状態は消滅して報復的な行動が開始され、不完全な形ながら迫害妄想的症状と好訴妄想を具備するパラノイア的症状を形成するに至り、それが現在まで引き続いており、結局被告人は右のように症状内容は変化したものの、昭和四九年一一月ころから途切れたことのない慢性の心因反応であると診断される。もっとも被告人は妄想的固定観念に支配されたパラノイア的な症状がみられるけれども妄想と断定しえない点で責任無能力とは判断し難い。以上を集約すると、被告人は本件犯行時も現在も是非善悪の分別と、それに従って行動する能力が減弱していたものと判断する。」旨意見を陳述する。そして関係証拠によれば、<1>被告人は昭和四四年春石川県の本籍地から上京し、日本電気株式会社に入社し、同社の府中事業場に配置となり、その後特段の問題行動もなく勤務していたこと、<2>被告人は昭和四九年九月から本籍地で遺産相続問題についてトラブルを起した実母を引き取ってアパートで同居するようになり、また同年一一月に職場の配置転換となったが、間もなく配置転換について不満をもらし、昭和五〇年一月下旬ごろから無断欠勤を重ねるようになり、同年二月下旬ころ職場の上司が被告人方に様子を見に行っても、ふとんをかぶって寝たまま全然応答もしないというような症状を呈し、その後も無断欠勤が絶えなかったところから、実母の希望で同年四月九日多摩中央病院に入院したが、その際被告人には、抑うつ、厭世、自殺念慮、不眠、意欲減退等の徴候がみられ、同病院の医師から反応性うつ状態と診断されたこと、<3>しかし被告人は四日後に自分から退院してしまい、その後同年六月一九日にも同病院に入院したが一週間ぐらいて無断離院し、結局七月九日には依願退職の形で前記会社を退社してしまったこと、<4>ところが被告人は間もなく復職を申し入れ、会社からそれを拒否されると、同年八月ころから勤務当時の上司らに恨み言や脅迫の手紙を送るようになり、同年一二月ごろからは右上司方の玄関にローソクを置いたり、門柱にペンキをかけたりするなどの嫌がらせをしたり、さらに同五一年一月からは会社宛にいわゆる無言電話をかけてその業務を妨害する行為を繰り返し、会社から右事実について告訴され、同年四月七日に勾留され、起訴されるに至ったが、勾留中も同社幹部宛に意味不明の手紙を送り、同年六月三〇日保釈を許されたのに、同年七月上旬ごろから再び会社に無言電話をかけ始めるようになったこと、<5>被告人は同五二年四月八日前記起訴事実について懲役一年二月、三年間執行猶予の判決を受けたが、そのすぐあとの同月一八日ごろから同五三年二月にかけ前記事件の担当検事、会社社長など十名以上を次々に告訴したこと、<6>また被告人は同五二年一一月ころから同社に無言電話を多数回かけて(本件犯行)再び会社から告訴されたこと、以上の事実が認められ、右のような被告人の病歴、行動歴、犯行態様ならびに被告人が本件取調官に対し、「本件は会社から種々嫌がらせを受けたことに対する仕返しである。検察官も会社とぐるになっている。」などと明らかに真実に反する奇異な弁解を繰り返していることのほか、被告人が当審公判廷において示した挙措動作および本件記録にあらわれたその余のいっさいの資料を合わせ考え、当裁判所も柴田鑑定人の前記所見はこれを肯認すべきであり、被告人は本件犯行当時心因反応のため、是非善悪を弁別し、その弁別に従って行動する能力が著しく減弱していたものと認める。<中略>

(罪となるべき事実)

被告人は、相手方の業務を妨害する意図のもとに単一の意思をもって、昭和五二年一一月一日ころから昭和五三年一月五日午前一一時五五分ころまでの間、東京都日野市三沢七二九番地先の公衆電話ボックス(日野局三三一号)等を使用し、同都府中市日新町一丁目一〇番地日本電気株式会社府中事業場の府中庶務センター電話交換室(責任者三原米子)の同事業場代表電話(電話番号〇四二三・六四局一一一一番)および別表記載のとおりいずれも同事業場の府中庶務センターほか四か所の各直通電話に対し、それぞれ電話をかけてベルを鳴らし、同所勤務の前記三原米子ら係員が受話器を取れば無言で切るという方法で、休日を除く平日の午前九時ころから午後五時ころまでの間に毎日、一日約二一回ないし約四一三回にわたって電話をかけ、その応待をする間、前記係員らの事務の遂行を妨げ、もって、偽計を用いて同人らの業務を妨害したものであって、被告人は右犯行当時心神耗弱の状態にあったものである。

(小松 佐野 鈴木)

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